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November 2015

11/27/2015

D800 を スマートフォンを使って リモートコントロール

 スマートフォンからデジカメ一眼のD800をリモートコントロール出来ないだろうかと調べてみた。
PCを使ったリモートコントロールなら、Nikonの有料ソフト「Camera Control Pro2」を使えば、それが出来る事は確認した。製品購入は一番安価に入手出来るとしても、2015/11/27現在 @15268 である。このソフトの使用頻度が低い人には、なかなか手が出ない価格と思う。
Product_01興味がある人は 試用版でやり方を確認すると良い。
《試用版での方法》
「Camera Control Pro2」を30日間の試用版(64bit OS用のみ)をPCにインストール後、カメラに添付されていたUSB3ケーブルで、D800とPC間を接続して、ソフトを起動させれば、ソフトが自動的にカメラを認識してくれて、リモートコントロールが可能になる。

では、ワイヤレスのリモートコントロールは可能か?
安価なワイヤレスモバイルアダプター WU-1a,1b が接続出来る機種なら、配線の煩わしさも無く、もっと自由度があって良い。しかしD800でワイヤレスを行おうとする際には、この安価な
アダプターが使えない。D800では通信ユニット UT-1+ワイヤレストランスミッター WT-5 を組み合わせる必要があり、かなりの出費になる。(WT-5 だけでも装着 OKのようだが、結構高額!)

東芝製FlashAir ならば、ワイヤレスコントロール出来るのか
? 
持っているFlashAir W-02 32GBでやってみた。
⇒ スマートフォンからFlashAirを見つける事が出来ない ! 東芝のホームページにある動作確認機器一覧を確認してみたが、D800は掲載されていない。

FlashAir と同じように SDカード型のWiFi装置である Eyefi Mobiカード  の対応カメラ一覧を調べて見ると、D800は使えるようだ。価格.com で現在の価格を調べてみると、32GB仕様のEyefi Mobi Pro EFJ-MP-32
 約7000円となっている。 レビューを見ると、「データ転送中に頻繁に接続が切れる」という書き込みもあり、試すのは未だちょっと心配である。

現時点では、使い勝手を考えると結局有線になってしまうのか・・・


更に、リモートコントロールを Androidスマートフォンで出来ないだろうか・・・出来ればフリーソフトで・・・

Google Play に DSLR(= Digital Single Lenz Reflex デジタル一眼レフ )と入れて探してみた。Nikonで使えそうな無料版は少ない。 3件ほど見つかったが、僕が使えそうなものは 、Helicon Remote しか見つけられなかった(2015/11/27)。

Helicon Remote をAndroidにインストールした後の手順
①カメラにUSBケーブル(カメラに添付されていたもの)を挿し、

②Androidスマートフォンとの接続は、USB変換ケーブルとして、「マイクロUSBオス - Aタイプオス」を挿し、2つのケーブルを繋ぐ。
 USB変換ケーブルは、高価なものは要らない。百均で売っているので、容易に購入出来る。
③あとは、アプリの指示通りにするだけ。

《参考》
Youtubeに使い方がある(英語版)。
Helicon Remote for nikon D800
Helicon Remote for Android

11/26/2015

旧中山道歩行計画(木曽福島駅⇒京都三条)

Photo 日本橋から旧中山道を歩き始め、前回木曽福島駅まで歩いた。
一回目:日本橋(2015/6/19)→浦和
二回目:浦和(2015/6/20)→熊谷
三回目:
熊谷(2015/6/24)→倉賀野
四回目:
倉賀野(2015/6/29)→高崎→板鼻→安中→松井田→横川
五回目:
横川(2015/7/22)→碓氷峠→中軽井沢
六回目:
中軽井沢(2015/11/4)→芦田→和田峠→下諏訪→奈良井→木曽福島

このあと、京都三条大橋までの歩行計画を立ててみた。
4日までを1回で歩く事にし、5日から最終日までを2回目として歩く。

この計画(左の計画表)では、第0日目に夜行バス(JRバス)で中津川駅まで行き、第1日目JRで中津川駅から木曽福島駅に着き、トレッキングを再開する。第1日目は妻籠まで歩くので、相当な距離がある。JR木曽福島駅出発は7時15分頃に出来そうだ。妻籠で宿泊しようとすると、この計画にしないと上手く成立しなかった。
どの日の歩行も、凡そ40km歩く必要があるので、前回のように足裏にマメが出来ないように配慮する必要がある。自分の足に合わせた靴(幅広で、クッション性の良いもの)を選択することが重要だ。
宿泊は、妻籠、武並、美濃加茂(太田宿)となる。
一回目の帰宅は、樽見鉄道で美江寺駅から大垣駅まで行き、大垣からJR東海道本線で名古屋へ出て、名古屋から夜行バスで東京に戻る計画である。

二回目には、夜行バスで名古屋まで行き、名古屋から美江寺へは一回目の逆コース。
この計画では、最初の日の歩行が長丁場になる。3日間の歩行距離の配分と宿泊場所はもう少し検討し、初日の歩行距離を低減し、2日目、3日目の歩行距離を延ばすのが良さそうだと考えて居る。

11/16/2015

旧中山道を歩く 中軽井沢→芦田→和田峠→下諏訪→奈良井→木曽福島

5 11月に入って天候が安定してきたので、旧中山道を歩く旅を再開した。昔の旅では、若干の天候変化など気にして居られなかったのだろうけれど、僕は、なるべく快適な状態で歩いて、良い写真も撮りたい。
前回は中軽井沢まで歩いたので、今回はそこから再開のトレッキングになる。自宅から中軽井沢まで行くには、私鉄とJR在来線、北陸新幹線「あさま603号」を乗り継いで行くことになるので、早朝に出発しても軽井沢駅到着時刻は 8:43着となる。
ここから中軽井沢駅まで行くには、信濃鉄道快速を待って乗車するか、歩くかの選択になる。信濃鉄道を使えば、中軽井沢駅への到着時刻は 8:56になるが、僕は、軽井沢駅から歩き始める事にした。

今回のブログの代表的な写真: 左から右に 金丸土屋旅館、和田峠、塩嶺御野立公園展望台から、奈良井宿

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旅の概要
再開 第1日目の歩行ルートは、
軽井沢駅→中軽井沢→追分宿→小田井宿→岩村田宿→塩名田宿→八幡宿→望月宿→茂田井宿→芦田宿(宿泊:金丸土屋旅館)
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軽井沢の駅で ちょっとゆっくりしていたら、中軽井沢駅へ未だ500mほどあるところで、信濃鉄道の電車に抜かれてしまった。歩いた方が時間的に早いかと思って、油断してしまった。軽井沢から中軽井沢までは、かなりの距離を感じる。この辺りの道標は塩尻以西に比べると、数は多く、また配慮されて配置されている。分かれ道などでは、「道標がある筈だ」と見渡せば、大抵 近くに 道標があるので、道を間違えることは極めて少ない。

朝ご飯の時間が早かったので、10時半頃になるとお腹が空いてくる。右手に浅間山を臨み、御代田町まで食事処を探しながら歩いてきたが、11:00前では 開いている店も無かった。「しなの鉄道線」のガード下をくぐって、栄町の交差点に出ると、「なかやそば処」が開いていた。お腹も空いていたので迷わず飛び込んだ。
Dsc_3724昼食時には時間がまだ早いためか、店の中には客は居らず、店内のカウンターには新聞が広げたままになって雑然としていた。何度呼んでも店員が出てこないので、店を出ようとしたら店の主人が奥から出てきた。
僕は、「ご飯もの」が欲しかったが、ここは蕎麦専門店のため、温かい「きのこ蕎麦」を頼んだ。しばらくして出てきた「きのこ蕎麦」は、汁の少なく麺より汁の水面が低い(あり得ない)盛りつけで、蕎麦の上には、瓶から取り出して置いたような、冷たいキノコが乗っていた。台所を使わせて貰えれば、自分の方が余程うまい蕎麦が作れるのに・・・と思いつつ、お腹が空いているから食べるしか無かった。
食べてお腹が満足したので、歩行にも元気が出てきた。暫く歩くと、9号線の広い道に出て、佐久インターウェーブの脇を通る。ここには、いろいろな商店が集まっており、色々な食事メニューが選べるではないか・・・もう少し空きっ腹を我慢すれば良かった!
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  りんご園と直売所が道の左側に何件か並んでいる。たわわに実ったリンゴの木が、歩道から手を伸ばせば届きそうな場所に植えられている。




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午後3時を廻った頃、
佐久市浅科に入った。陽はかなり傾いてきて、日陰になる道は少し薄暗く感じる。日没時刻は、午後4時50分頃、道を急ごう!

川を渡って望月地区に入る。この辺りも昔の雰囲気が良く残されている。

Dsc_4139Dsc_4144 日没時刻を少し過ぎた頃に、芦田宿の宿に暗くなる前に到着できた。翌日歩いたルートを振り返ると、和田峠により近い宿までその日のうちに行くのは、道路上を照らす明かりも少なく、難しかっただろうと思う。軽井沢からの距離を考えると、芦田宿で宿泊するのが僕にとっては最善のプランだった。宿は、創業200年を越えるという旅籠だったが、客が使う洗面所・トイレ・風呂は最新のもので、僕の持つ旅籠という感覚からは、かなり外れて居たが、とても快適だった。

Dsc_4148 私の部屋は、食堂とは障子1枚隔てた隣の日本間で、普通の声で話していても、話の内容が筒抜けのような場所だった。丁度居合わせたのは、私とほぼ同年代のビジネス客4
人だった。食事後、僕は部屋に戻り、翌日のトレッキングプランを確認して、布団に入ったが、その中の社長と呼ばれていた客の声が大きく、また周りを憚らず自分の仕事の自慢を延々と夜遅くまで話していた。これには、疲れていて早く眠りたい私としては、「蹴飛ばしてやりたい!」と思ったものだ。部屋は廊下を隔てて道路にも面していたが、夜間の交通量は殆ど無く、彼らが各自の部屋に戻った後は、静寂な雰囲気になった。
旧中山道を歩いて和田峠を越える客が今でも多く利用している宿らしい。そのような客に対する配慮からか、朝食時間は何時でも対応してくださるとの事で、私は6時半にお願いした。使われているお米は、宿所有の畑で収穫しているものらしく、美味しいご飯だった。翌朝、宿を出発する際、宿の主人が昨夜のことを申し訳なさそうに詫びてくれた。
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二日目の歩行ルートは、
芦田宿→笠取峠→長久保宿→和田宿→和田峠→下諏訪宿(宿泊:マスヤゲストハウス)
昨日のトレッキングの後半で、左膝上の筋肉が痛くなりはじめていた。宿の風呂で入念に筋肉を揉みほぐし、休息もとれたと思ったが、数キロ歩くとまた筋肉が痛くなってきた。歩き方を少し変えてフォロースルーを大きくすると痛みが出なくなった。しかしこの効果も長くは続かなかった。落葉が積もった山道に比べて、アスファルト道路は足を踏みしめた時の足へのショックがかなり大きいように思える。尾瀬の山道を同じくらいの距離歩いた先日と比べて、今回の街道歩きは、脚の負担が大きいように思った。
笠取峠を越える際にも、原道と記載してある道標を見たが、事前に調べた資料で「中山道は右にそれる旧国道の左脇を麓に直進していたそうであるが、今は藪の中に消え、余程の装備がないと踏破できない。(山と渓谷社:中山道を歩く[改訂版] 2006年12月初版第1刷」と記載していたのを思い出し、踏み込めなかった。しかし、旧国道から原道を所々確認して歩くことが出来た場所では、歩き易いように下草を刈ってある道もあり、笠取峠の全ての山道が「装備がないと踏破できない」訳では無さそうだった。

今回の旅の持ち物リストでは、少しでも荷物を少なくしようとの思いから、消炎鎮痛剤等は一切持参しなかった。これは結果的に大きな誤算だった。痛みが治まらずたまらなくなった。和田峠に入る手前にあるセブンイレブンに期待して歩いた。店で「消炎鎮痛剤は無いか?」と聞いたが、やはり販売していない。筋肉が過度の使い方で炎症し、熱を持っている筈と思い、店内で
使えそうなものをチェックした。
Dsc_4411 Dsc_4447 幸いにして、貼って熱をとる「熱貼っとりくん」を発見、購入して、さっそく痛みのある膝上の腱の場所に貼り付けた。暫くすると効果が出てきて、痛みもひいて、普通に歩けるようになった。僕の膝には、素晴らしい効果があった。一時は、この4日間の旅は「 この日の途中で、全てのトレッキングを諦めるしか無いのか・・・」と弱気になったが、この「熱貼っとりくん」シートのお陰で、和田峠も無事クリア出来た。筋肉痛はこの熱さまシートのお陰で痛みが無くなり良くなった。しかし、足の裏に出来た水疱は、歩くたびに痛みを増してきた。

Dsc_4667 Dsc_4672 和田峠に至る原道に入った。落葉で覆われた山道に入ると、歩くときの脚への負担が減るのを実感して、ほっとする。
芦田宿から和田峠までの道の勾配はなだらかで、歩き易い。道標もかなりしっかりしていると思うが、僕はビーナスラインのところで迷ってしまった。幸い、スマホのデータとGPSにより大きなミスルートをせずに済んだ。早めにルートがおかしいなと気づくことと、それを確認出来るツールは必要だと思った。僕が持っていた紙の地図では、記載内容が粗くて、ランドマークになるような記載精度も悪く、十分ではなかった。
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紅葉は、ほぼ終わっていて、落葉も多かったが、素晴らしいトレッキングルートを歩いて、足の痛みもあまりなく、和田峠へ14:02頃に到着することが出来た。和田峠の麓に有った「ドライブイン杉の屋」から約 2時間半かかった。 峠の道標の傍では、私より少し前に到着されていたハイカーが、カメラをセットしてセルフ写真を撮影しているところだった。お互いに写真を撮って貰い、旅の安全を祈願した。彼は、下諏訪方向から来て和田宿に向かって歩いていた。「歩ききれなければ、途中からバスを使う」と言っていたが、和田峠を和田宿側に降りる方は、山道が早く日陰になってしまう。彼は、無事宿にたどり着けたのだろうか。
和田峠から下諏訪に降りる道は、最初は幅も狭く勾配も急で、自分にとっては何時ものハイキングのような山道を降りる感覚であって、とても旧街道の道を歩いているとは思えなかった。
Dsc_5145Dsc_5157 下諏訪の街を見渡せる「宮の上」のバス停付近に到着したのは丁度午後5時だった。辺りは薄暗くなってきていて、旧中山道の標識を見つけるのは、かなり難しくなっていた。スマートフォンでのルート確認もうまく出来ず、不安なまま道路を直進した。結果的にはそのルート選択で合っていたが、ライトが無いと標識の確認が難しかった。狭い道路を走る車が多く、車から私を確認されて居るのだろうかと不安になる事が、湯田坂上までの約800mの短い道路の中で、車に引っかけられるのではないかと 心配されることが頻繁に有った。
Dsc_5160 Dsc_5164 下諏訪の宿「マスヤゲストハウス」に到着した時刻は、午後5時23分頃であった。

僕はゲストハウスというものに泊まるのは初めての経験だった。旅館や民宿のつもりで入口で何度も声をかけたが、一向に気づいて貰えない。どうやら、ずかずかと中に入って行かなければいけなかったようだ。
中から一人の若い女性が出てきてくれて、靴はそこに置いて、中で名前と住所を記入してくださいと・・・その後、裏手の出入り口、洗面所、キッチン、シャワー室、洗濯物を入れる場所など宿のシステム、宿泊する部屋に案内して貰った。自分の孫のような世代の若い人達がロビーで話していた。どちらかというと女性の割合が多いと思った。

Dsc_5167 部屋は二段式ベッドのようになっていて、共有スペースを持っていて、8人が泊まれる。自分が就職した時に入った、独身寮のようだと思った。一人先に到着していたが、部屋には荷物しか無かった。僕は部屋の入口側の下側のベッドを確保した。
必要な部分の荷を解いて、先ずは食事に行こうと思った。汗とホコリで汚れた身体を、風呂に入って早くさっぱりしたかったが、この日は和田峠越の道で、体力も消耗していたので、先に風呂に入ると身体は気力が抜けて「へろへろ」になりそうだった。


Photo 後で知ったのだが、宿を案内してくれたのは、宿のオーナーの女性、通称「きょん」さんで、対応もしっかりしていて魅力的な人だった。彼女に先ずガッツリ食べられるところをとオーダーして、とんかつ専門店「丸一」を紹介して貰った。そこのとんかつは、肉の厚みが3cmはあるという。

Dsc_0598足の裏には水ぶくれによるマメが沢山出来てしまっていて、もうトレッキングシューズを履きたくなかった。宿の簡易履きを借り、ぎこちない歩き方をしながら、いざ「丸一」へ・・・。とんかつ定食を注文した。肉の厚みは3cmは無かったが、2cm以上はあっただろう。柔らかくて美味しい肉だった。豚汁が付いていたがここにも、普通の豚汁には入っていないような肉厚の豚肉が入っていた。僕は、お腹が空いていて、ご飯一杯ではもの足らず、お代わりしてしまった。

食事のあとコンビニに寄って飲料水を買い、交差点で信号待ちして居てると、向かいに薬局「永田薬局」が開いているのを見つけた。
膝上の筋肉の痛みは、熱貼っとりくんの効果で、もうすっかり痛みは無くなっていたが、膝に貼る湿布薬を用心のため買っておく事にした。薬剤師と話をして、湿布薬ではなく、いわゆるサロンパスのような貼り薬「ボランテFBテープ5%α」を一袋(8枚入り)買った。この貼り薬の購入が後で役に立った。
Dsc_0604Dsc_0603 また宿に戻って、「きょん」さんに銭湯を教えて貰った。町の観光地図を見ると、宿の近くの銭湯は2軒有った。一軒は湯の温度が高めで44℃はあるというので、宿でお風呂セットを借りて、宿から少し離れた場所にある もう一軒の銭湯「菅野温泉(すげのおんせん)」に行った。場所はセブンイレブンの裏手に位置していたが、入口は交差点により近い 交番の脇にあった。しかし、その入口を見過ごして通り過ぎて、その界隈を一週してしまい、銭湯には裏手側から入った。風呂から上がって宿に帰るときに、その銭湯の入口を確認した。
銭湯に入るのは何十年ぶりだろう・・・僕は、銭湯の代金を払うシステムも良く分かっていなかった。温泉なのに230円、とても良心的な価格設定だ。既に4人ほど入っていたが、皆この地域の常連さんばかりのようだった。お湯の温度も快適だった。僕は、いつもより随分長めに湯船に浸かって、身体の疲れをもみほぐした。番台に礼を言って入口を見ると、
冷えた瓶入りの牛乳や飲むヨーグルトを売る自動販売機を見つけた。湯上がりの牛乳は、瓶入りだからか・・・旨かった!
宿からの至近距離に、リーズナブルな価格の温泉銭湯があり、旅で空いたお腹を満たしてガッツリ食べられる食事処も幾つかある。ここを拠点として諏訪の町を散策するのも面白そうだ。
僕は、長距離を歩いて、身体の疲れと足裏のマメと、その傷みもあったので、早く休息をとって身体の回復を早めようと思っていた。部屋に戻ると、もう一人客が増えていた。しかし、騒ぎ立てる人も居ないので、僕は午後 9時頃からベッドの中で休むことができた。
宿は大通りから離れた閑静な場所にあるので、自動車の交通騒音も聞こえないし、ロビーの話し声も全く聞こえないので、僕は熟睡する事が出来た。
僕は5時半頃に目覚めて、荷物のパッキングと寝具の後処理でゴソゴソしてしまい、もう少し眠りたい周りの人に、ちょっと迷惑をかけてしまったかも知れない。

Dsc_5169Dsc_5170Dsc_5175 宿に頼めば、朝食も食べられたが、朝食時間は 8時過ぎからとのことなので、僕は外で朝食をとることにして、7時前にチェックアウトする事にした。「きょん」さんは、「何時でもOKです」と言っていたので、その時間には起きていて、ロビー辺りにいるのかと思っていたが、宿の中の殆どの人は、未だ眠っているようだった。宿の費用は、チェックインの際に前払いしており、追加して支払うものは無かったので、僕は宿にメモを残して出発した。
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三日目の歩行ルートは、
下諏訪宿→塩尻峠→塩尻宿→洗馬宿→本山宿→贄川宿→奈良井宿(宿泊:旅館あぶらや)
Dsc_5223 交差点脇にコンビニを見つけ、そこで朝食用に巻き寿司のアラカルトを買った。コンビニの隣に、コインランドリーがあり、その中の椅子を借りて、そこで朝食をとらせて貰った。
さて、トレッキング再開だ・・・と思ったが、道が放射状に何本もある交差点なので、中山道がどちらの道なのか、分からなくなった。道標も見つけられない。通学途中の女子中学生に、
「旧中山道」はこれで良いのかと聞いたが、彼女たちは中山道を知らなかった。僕は「GPSと連動し旧中山道を表示出来るGoogle Mapがある」ことを思い出して、早速スマートフォンで確認してみた。交差点から塩尻方向に延びる2本のルートがあった。僕は右の道を選んで歩き始めたが、左の方の道が正しかったようだ。

スマートフォンで確認したこの方法を解説すると、
ブラウザのお気に入りに登録しておくのでも良いが、僕はAndroidを使っているので、テキストメモを作成する事ができる「ノート」に次のURLを書き込んでおいた。ノートを開き、そのURLをクリックすると、「旧中山道地図 - Googleマップ - GpsCycling.net」へジャンプするようにした。この地図はそれほど正確では無さそうだと思ったが、道を訪ねることが出来る人が近くには居ないが、通信が確保されているという場合には、大変役に立った。
(以前僕は、Garmin製GPSに、事前にルートを登録しておき、ルート上を歩いているときは「設定しておいたポイント通過時ブザーが鳴る」方法を使っていたが、一日に歩く距離が長く、設定ポイントが多くなり、事前設定が
面倒なこと。設定ポイントが多い場合、後半のルート設定したポイントが消えることが数回発生して困った経験(原因は未だ解明していない)があった事から、今回はGPSへ事前にルート設定する方法は使わなかった。スマートフォンで GoogleMap上のルートを確認する方法の課題は、スマートフォンの電源消費量が多いこと(GPS、通信、画面表示が常にアクティブ状態なので消費電力が多くなる)。僕は Garmin GPS eTrex30 を ログ記録で使い、この中山道ルート確認は、分岐点や道に迷ったときにのみスマートフォンをONにして表示した。ログ記録はGarminではなく、スマートフォンで行っても良いが、ログデータの後処理も、僕はGarminでやる方が慣れている。スマートフォンを予備電源に常時接続する等して、電力消費の事を気にかけなくても良い場合には、持参する部品数も少なくなるだろうし、もっと便利に使いこなせるかもしれない。)

塩尻峠の坂は勾配が急で、車がすれ違い出来ないくらいに道幅が狭い。息を切らしながら峠まで登り詰めた。
Dsc_5295Dsc_5304Dsc_5313 峠の道からは展望は全くない。街道から少し離れたところに「
塩嶺御野立公園展望台」が有るようなので行ってみた。ここから諏訪湖の方を眺めると、富士山が臨めた。また北方向に目をやると、雪で白くなった北アルプスを臨むことが出来た。


Dsc_5440 Dsc_5443 麓まで道を下り、そこから昼食をとった塩尻までは、昭和電工の工場の長い直線の脇道を淡々と歩いた。単調過ぎて元気が奪われて行く感じ。工場の敷地が過ぎてもブドウ園などの畑地が延々と続く感じで、レストランなどは見当たらない。




Dsc_5465 やっと19号線に入り、二件目に目に留まったレストランに入った。客は未だ居なかった。僕は靴を脱ぎたくなかったが、畳の上のテーブルとカウンター席しかなく、カウンター席では、バックパックを床に置くしかなかった。それで、僕は「バックパックは畳の所に置いて、カウンターで食事させて欲しい」と話したが、女将は「この客何を言っているのか!」って感じで、なかなか返事をしなかった。しかも、女将は「その場所は客が来るから、荷物は奥の隅に置いてくれ」と言う。バックパックを置いてカウンターに座ったが、足を靴から短時間でも開放した方が良さそうだと思い直して、靴を脱いでバックパックを置いた席に座り直した。また女将が「お客さん一人ですよね?客が来たらそこから移ってください」という。未だ客は誰も居ないのに・・・。そういうお願いは、客が来てからすれば良い事だ。この店、早く潰れてしまえ!と心の中で思いつつ、「分かった、良いですよ」と言ったが、僕はこんな居心地の悪い店から早く退出したかった。
Dsc_0608 僕が注文したその日の定食メニューの一つ(メンチカツ定食)が運ばれてきた後、ひと組の客が来て、畳のあるテーブルの一つに着いた。まだ畳の上のテーブルは、もう一客ある。僕が食べ終わって、退席するまでに、またひと組の客が来たが、カウンター席に着いていた。支払いをする際、僕は「ごちそうさま」とは言ったが、「ありがとうございました」は言いたくなかったし、言わなかった。この
ランチをとった食堂は、思い出したくもない。僕にとっては最悪のレストランだった。

こういった気分になった後は、歩くのも気分が乗らない。
ただでさえ足が痛いのに・・・。
Dsc_5473Dsc_5476Dsc_5478 洗馬宿







Dsc_5508Dsc_5510Dsc_5512 本山宿







Dsc_5523 Dsc_5540Dsc_5554 第2仲山道踏切を渡り、日出塩駅を過ぎて少し行くと、諏訪と木曽を結ぶ近道として整備された「初期中山道」標識があった。今は中部北陸自然歩道となって自然景観や歴史文化に触れ、親しむ道となっているようだ。


Dsc_5557 Dsc_5565 Dsc_5599いよいよ木曽路に入った。







Dsc_5643 Dsc_5654 Dsc_5667木曽路の最初は贄川宿と関所跡







贄川を過ぎて暫く歩くと、ルートが良く分からなくなった。道探しで時間をとってしまう。
足裏に出来たマメの影響で、奈良井宿への到着が予定より遅れた。宿「あぶらや」に着いたのは、日の入りの時刻にちかい 16:22頃だった。少し休んでからお風呂に入ったが、足裏を含め、風呂への階段を上り下りするのは随分違和感があった。夕食・朝食はそれほど豪華というわけでは無いが、地の素材を使った美味しい味付けだった。
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四日目の歩行ルート
は、
奈良井宿→鳥居峠→藪原宿→宮ノ越宿→福島宿(今回の終点:JR木曽福島駅)
⇒京王バスの高速バス(15:40発)で新宿BTまで
宿では、朝食時間を6時半にお願いした。目的地の木曽福島までの距離は、この4日間の中で最短では有ったが、足の裏や指の付け根辺りに出来たマメが痛くて、歩行速度が相当に落ちるだろうと思った。GoogleMapで調べた際の歩行時間に比べて、[中山道を歩く[改訂版]]に書かれていた時間は、2倍近い時間になっていて、僕の不安をかき立てた。JR木曽福島駅前から出発する高速バスのチケットはネット購入済みなので、発車時刻までに到着すれば良いという安心感はあった。奈良井宿出発からバスの発車時刻まで8時間半ある。途中鳥居峠があるが、全体の平均時速を3kmで歩いても時間的余裕はある筈だ。

宿を出て奈良井宿の中を歩き始めると、白人系のカップルが前方から歩いてきた。きっと奈良井宿の何処かの宿に泊まって、僕と同じように歩き始めたのだろう。昨日は中国系の旅行者を奈良井駅の近くで見かけたから、奈良井宿も国際的な観光地なんだと知った。

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未だ、朝7時を過ぎたところなので、開いている店もなく、道を歩く人も殆ど見かけない。
宿の南端には、高札場跡そして鎮
神社があり、そこを過ぎて右手の階段を上り鳥居峠に入る。
宿の女将から聞いたが、定期的にこの山道の整備を行っているらしい。このような地域の人たちのはからいもあって、道の勾配は少しあるが、道幅も広く歩きやすい街道になっている。

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塩尻から奈良井までの道標は、正直言って親切ではない。歩く自分が正確な地図を持って、確認しながらでないと、間違えた道を進んでしまう可能性が高いと思う。僕も数カ所迷ったし、間違えて歩いた所もある。奈良井から木曽福島までの道標は、もう少し親切な表示になっていたように思う。
鳥居峠を降りて、
Dsc_6359Dsc_6350Dsc_6357 観音寺のところで蕎麦屋を見つけ昼食をとった。ここのお姉さんは、親切で、時間があればもっとゆっくりして、話がしたかった。彼女たちが使っている言葉は、愛知県北部の方言に似ていた。温かい「
きのこ蕎麦」を注文したが、頼んでも居ないのにリンゴと漬け物を盛ったお皿と袋入りのお菓子がお茶と共に出された。
Dsc_6351Dsc_6355Dsc_6360 蕎麦も美味しかったが、リンゴも美味しかった。それで、僕はこのサービスが気に入って、五平餅も食べたくなり追加注文した。
蕎麦屋の隣は、「義仲館」があった。



宮ノ越宿へ
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中山道の中央点を通過した。こんな標識があるとは思ってもいなかったので、ちょっと嬉しい気分。
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曽福島の関所跡を通り、市街地に入った。

関所跡の脇を通り、本陣へ一旦降りてから、上町の方に
Dsc_6547 Dsc_6558 Dsc_6583JR木曽福島駅は少し高いところにある。そこまで古い町並みを見ながら上がってゆく。





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歩行ルート

11月4日  37.3km  (平均歩行速度 4.6km/h)1
軽井沢駅(8:52)→中軽井沢 長倉交差点(9:40)→追分交差点(10:27)・追分宿(10:29)・追分宿交差点(10:31)→中山道69次資料館(10:45)→しなの鉄道ガード下(11:18)→栄町交差点(11:19)・昼食(なかやそば処:約15分休憩)→小田井宿(11:55)・小田井簡易郵便局(11:56)→北陸新幹線ガード下(12:12)→上信越自動車道陸橋(12:24)→岩村田宿交差点(12:40)・相生町交差点(12:44)→佐久市立国保浅間総合病院バス停(12:54 ここで約6分間休憩)→中部横断自動車道(13:15)→駒形神社(13:45)→塩名田交差点(13:59)・塩名田宿(14:02)→八幡中町交差点・八幡宿(14:44)→布施温泉入口交差点(14:54)→望月宿入口交差点(15:43)・望月宿(15:48)→御桐谷西交差点(15:59)→望月宿西入口交差点(16:08)→芦田中央交差点(16:56)・金丸土屋旅館(16:57)

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211月5日  38.4km  (
平均歩行速度 3.7km/h)
金丸土屋旅館(6:57)・芦田宿入口交差点(7:07)→笠取峠(7:43)→長久保宿・浜田屋旅館(8:31)→長久保横町交差点(8:41)→セブンイレブン長和町店(8:58 膝筋肉痛で休憩・処置 約9分間)→大和橋交差点(9:15)→青原交差点(9:26)→村立和田小学校(10:27)→八幡神社(10:34)→和田宿本陣(10:43)→和田鍛冶足交差点(11:00)→接待(12:56)→和田峠(14:02)→芙蓉パーライト工場(15:32)→町屋敷(16:16)→旦過の湯(17:11)→下諏訪宿・御宿まるや(17:15)→大社通り交差点(17:20)→マスヤゲストハウス(17:23)
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311月6日  37.3km  (
平均歩行速度 3.9km/h)
マスヤゲストハウス(6:47)→岡谷街道との交差点(7:15)→出早口交差点・ローソン岡谷小萩三丁目店(7:24)・隣接コインランドリー(朝食休憩 約10分間)→岡谷IC陸橋(8:08)→塩尻峠(8:34)→展望台(8:36 約6分休憩)→長野自動車道陸橋(9:26)→下柿沢交差点(9:41)→塩尻宿・塩尻町交差点(9:55)→下大門交差点(10:16)→中央本線ガード下(10:25)→平出遺跡交差点・平出一里塚(10:29)→中央本線踏切(10:48)→中仙道一里塚交差点(10:58)→厨房弁慶・昼食(11:09 24分間休憩)→洗馬宿(11:48)→牧野交差点(12:11)→本山そばの里(12:27)・本山宿(12:30)→中央線踏切(12:47)→日出塩駅入口(12:56)→贄川宿・贄川駅南側中央線鉄道陸橋(14:21)・贄川関所跡(14:23)→贄川宿・秋葉・津嶋神社(14:26)→秋葉神社(14:28)→セブンイレブン塩尻木曽平沢店(15:19 足裏マメ処置 約9分間休憩)→平沢郵便局(15:49)→奈良井駅(16:14)→奈良井宿・旅館あぶらや(16:23)

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411月7日  23.4km  (
平均歩行速度 3.42km/h)
奈良井宿(7:25)→奈良井宿・鎮神社(7:44)→鳥居峠→木曽広域連合木曽消防署北分署(9:11)→中央本線ガード下(9:25)→藪原宿・山六酒店(9:29)→藪原交差点(9:48)→山吹トンネル入口(10:34)→巴ヶ淵(11:03)→徳音寺・蕎麦屋(11:24 約25分昼食休憩)→宮ノ越宿・宮越郵便局(11:57)→原野駅入口(12:28)→中山道中間地点(12:36)→関町交差点(13:30)→福島関所資料館(13:38)→上町交差点(13:53)→福島宿・木曽広域連合 木曽広域情報センター(13:56)→芳香堂(14:08)→JR木曽福島駅(14:15)

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1 休息時間を入れた歩行平均速度を比較してみると、初日に比べて二日目以降は大幅に低下している。やはり足の裏にマメが出来た事による歩行時の痛みが速度低下の原因ではないかと思われる。足の裏にマメを作らない方法を考えないと・・・
左表は、計画に使ったタイムテーブル(計画の時間は、休憩を入れていないGoogle Mapから算出したデータをそのまま入れた)に、歩行の結果を書き入れたもの。計画のタイムテーブルから遅れるのは当たり前ともいえるが、足の裏にマメを作ってしまい、歩行速度が大幅に低下したのも、タイムテーブルから大きく遅れた要因だろう。


旅の持ち物
バックパック: グレゴリー Z30
雨具: 折りたたみの傘(今回は使わずに済んだ)
地図:
・紙に印刷して持参したが、分岐路などで困ったときには、それほど有効では無かった。
 地図の中に基準点から計算した到着時刻を前もって記載しておいた。これにより、歩行の遅れ状態が良く認識できた。
・スマートフォンにGoogle Map上に展開したGPS連動の旧中山道の地図を入れて持参した。これはかなり有効だった。しかし、電波が弱い峠道などのところでは使えない場合もあった。
・下諏訪の「マスヤゲストハウス」で貰った「99分のまちあるきマップ しもすわ」(下諏訪観光協会
・Garmin GPS(eTrex 30) + Japan RoadNavi 25000 v5 produced by UUD Co.,Ltd
・着替え
 ・僕は4日間共、ハイテク素材の長袖Tシャツ1枚で歩いた。発汗による衣類の湿りは体温低下の原因になるため、少し涼しいくらいの方が動きやすいと思ったからだ。しかし、この4日間は快晴状態が続き、早朝は少し涼しかったが、日中はとても暑かった。

飲料
 暑いので水分を切らさないようにして歩いた。夏ならもっと多量の水分摂取が必要だろう。各日共、ポカリスエット500mlを2本、お茶500mlを1本飲み干した。この歩行では、飲料の自動販売機は各所にあるので、大量に持参する必要もない。

昼食
 なかなか食事したいタイミングに食堂街に遭遇することは難しかったように思う。僕が食事した時は、良い場所に食堂があった。その場所を逃すと、なかなか食事には有り付けないように思った。食事をすれば元気も出てくる。最悪時の事を考えると、コンビニで1食分の軽食を買っておくのが良い。

カメラとGPS
 Camera : Nikon D800 + Nikon AF-S Nikkor 24-120mm/4G ED
 GPS : Garmin eTrex30


僕の食事
 一日日の昼食:
御代田町の蕎麦屋で きのこ蕎麦
       夕食:
金丸土屋旅館 宿食
 二日目の朝食:金丸土屋旅館 宿食
       昼食:コンビニでおにぎりを買って持参し、和田宿内のバス休憩所のベンチで
       夕食:下諏訪宿 とんかつ専門店「丸一」(0266-27-3860)  とんかつ定食1500円
 三日目の朝食:諏訪市内のコンビニでお寿司を購入
       昼食:19号線沿い塩尻のレストランで メンチカツ定食
       夕食:奈良井宿 宿食
 四日目の朝食:奈良井宿 宿食
       昼食:観音寺前の蕎麦屋で食事
       かなり早めの夕食:木曽福島駅前で すき焼き丼
 
宿泊費
・芦田宿:金丸土屋旅館 (0267-54-1011) 一人一泊 7500円(内税)
・下諏訪宿:マスヤゲストハウス 一人一泊 2900円+暖房費 300円
・奈良井宿:旅館あぶらや (0264-34-3016) 一人一泊 9500円+暖房費 200円+税金


持参しなかったか、持参する量が不足したために困った物
・湿布薬(筋肉痛を抑えるため)
⇒長時間の歩行で、膝の上の筋肉の痛みが出てしまった。薬局は見つからず、コンビニで
熱貼っとりくんを買って湿布薬の代用とした。これが小さいサイズの割に、意外にも効果的だった。
 下諏訪で薬局を見つけ筋肉痛用の貼り薬
ボランテFBテープ5%αを購入した。その時には、既に筋肉の痛みは無かったが、痛み再発時の用心のため購入した。
・ソフトメンディングテープ
⇒長時間の歩行で、足の指、足の裏に沢山の水疱が出来てしまった。持参したソフトメンディングテープを水疱の上から巻いて対処していたが、用意しておいたテープでは足らなくなってしまった。
コンビニでテープバンを買って凌ぐことができたが、テープバンでは効果は十分ではなかった。


トレッキング用の靴は、今年 4月に購入した「トレッキング用シューズ購入」で書いた靴を履いた。インソールはオリジナルのまま、靴下は 5本指靴下を履き、その上から厚手のウール靴下を履いた。先日は尾瀬(34.3km)と駒ヶ岳(17.4km)をトレッキングする際に使って、足には何の問題も無かった。そのときのブログはここ
しかし今回のトレッキングでは殆どがアスファルト路面。アスファルト路面を歩くときのクッション性は、あまり良くなかった。 というのも、この旅から帰宅して10日経った今日、ランニング用シューズを履いてウォーキングすると、歩くときのクッションが断然柔らかい。それに、靴幅も広い(僕のランニングシューズは、4Eサイズ)ので、小指が圧迫されることがない。日本橋から木曽福島までの間で登山靴が必要と思われた場所は、碓氷峠越の時だけである。それ以外の路面なら、ランニング用シューズの機能があり、ソールのクッションが柔らかければ十分ではないかと僕は思う。再開時のシューズは、トレラン用かランニング用の靴を使って見たいと思う。

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